【岩手広告賞 2冠】共学化を、まだ始まっていない「あの日の日常」で惹きつける。盛岡白百合学園PV・CM「その一歩を、共に。」制作背景
広告主|盛岡白百合学園中学高等学校
作品名|その一歩を、共に 篇
種別|Web 広告 / オリジナル楽曲
受賞|第57回 岩手広告賞 ウェブ広告の部
私は、地方の学校・企業にファンをつくる映像戦略家と名乗っています。
創って終わりではなく、応援される物語を。
今回の盛岡白百合学園の映像でも、目指したのはまさにそこでした。
共学化は、大きな変化です。
けれど、人の心が本当に動くのは、制度変更の項目を理解したときだけではありません。
その先にある毎日を、自分の感覚で想像できたときです。
だからこの映像では、共学化を説明しませんでした。
代わりに描いたのは、まだ始まっていない未来の一日です。
しかもそれを、未来予想図のように見せるのではなく、どこか記憶の中にあったような日常として描きました。
タイトルにある「まだ始まっていない」と「あの日」は、矛盾しているようで、この映像の核そのものです。
未来なのに、なぜか懐かしい。
まだ経験していないのに、そこへ行ってみたくなる。
その感覚を、映像で先に手渡したかったのです。
地方の学校にファンを呼び込むとは
地方の学校が広報で本当に必要なのは、情報量の多さだけではないと私は思っています。
コース、進路、設備、部活動。
それらは比較のために必要です。
でも、人が惹かれるのは、比較表ではなく、その学校に流れている空気です。
ここでいう「ファン」とは、熱狂的な支持者だけのことではありません。
資料を取り寄せてみたくなる人。
見学会に行ってみようと思う人。
誰かに「あの学校、少し気になる」と話したくなる人。
そして、学校の変化を自分ごとのように応援してくれる人。
私は、そうした最初の関心の火種を生むことこそ、映像の大きな役割だと思っています。
今回の企画でも、映像はすべてを語り切るためのものではなく、学校サイトや学校案内へ進みたくなる呼び水として設計しました。
情報で納得させる前に、まず気持ちを動かす。
それが、この案件の出発点でした。
白百合の共学化には、期待と同時にたくさんの問いがありました。
女子だけだった部活動はどうなるのか。男子の部活はできるのか。施設は整っているのか。進路はどうなるのか。実際、学校の共学Q&Aでも、そうした不安や関心に丁寧に答えています。つまりこの案件は、学校の魅力を新しく伝えるだけでなく、変化に対する心理的なハードルを下げる仕事でもありました。
だからこそ、このCMで最優先にしたのは、制度変更を説明し切ることではありません。
まずは「なんだか気になる」「この空気、いいかもしれない」と思ってもらうこと。
情報の入口はWebで、感情の入口は映像でつくる。そんな役割分担が必要だと考えました。
創立133年のカトリック校である同校は、2026年4月から男女共学へ移行し、3コース新設や部活動充実を含む学校改革を進めていました。公式サイトにも学校イベントや資料請求の導線が用意されており、CMは、すべてを説明するものではなく、サイト訪問や資料請求、見学会申込へつなぐ設計にしております。
HPも弊社で制作させていただきました。

なぜ、「まだ始まっていないあの日」を描いたのか
共学化の映像をつくるとき、選択肢はいくつもあります。
制度の変更点を整理して伝える方法。
新設される部活動やコースをわかりやすく見せる方法。
あるいは、改革そのものを力強く宣言する方法。
でも私は、最初の一歩でそれをやり過ぎたくありませんでした。
変化の大きい局面では、説明の多さが、ときに緊張を生むからです。
「どう変わるのか」を知る前に、
「なんだかこの空気、いいな」
と感じてもらうことの方が、ずっと大切だと思いました。
このCMは、共学になった後の記録ではありません。
まだ誰も経験していない未来の一日を、先回りしてドラマとして立ち上げる試みです。
その未来を、遠い未来予想図ではなく、すでに心のどこかにあった日常のように感じてもらう。
その時空のねじれこそが、共学化への心理的な距離を縮めると考えました。




時空を超えたドラマタイズということ
今回の映像で私がやりたかったのは、誇張された演出ではありません。
むしろ逆です。
広告らしさをできるだけ削ぎ落とし、未来の出来事を、過剰に説明せず、静かな日常として差し出すことでした。
ただ、その静けさの中には、はっきりとドラマがあります。
それは、まだ来ていない時間を、すでにあった思い出のように映すというドラマです。
私は、この仕事を単なるドキュメンタリーとは少し違うものとして捉えていました。
現実をそのまま追いかけるのではなく、
これから訪れる未来の空気を、記録ではなく予感の記憶として先に映してしまう。
そのために、音も、光も、テンポも、すべてを静かに整えました。
ピアノの音は、感情を押しつけるためではなく、余白を整えるために。
コピーは、強く奪いにいくためではなく、最後にそっと背中を押すために。
映像は、結論を出すためではなく、見た人の中に「この先の毎日」を自然に立ち上げるために。
未来を説明するのではなく、未来を先に住まわせる。
それが、今回の演出です。





映像戦略家として、なぜこのシーンにしたのか
雨の日、昼下がりの廊下から始まり、男子生徒の足音、顕微鏡をのぞく女子生徒、そっと置かれるプレパラート、交差する視線、そしてふと生まれる微笑みへと続きます。最後はドローンで校舎と街並みを引きで見せ、「その一歩を、共に。」で締める構成です。BGMはピアノソロ(オリジナル)。情報を押し出すのではなく、空気を先に届ける設計にしました。
このシーン設計には意味があります。
足音は、共学化を大きな宣言ではなく、静かな一歩として見せるため。
顕微鏡とプレパラートは、男女が同じ空間で学ぶ未来を、過剰な演出ではなく小さな共同作業として見せるため。
微笑みは、恋愛の気配ではなく、これから生まれる自然な関係性の予感として置いています。
共学化は、学校の制度変更であると同時に、学校の温度がどう変わるのかを問われる出来事です。
だから私は、施設や制度の説明を並べるより先に、人と人の距離感がやわらかく変わる瞬間を撮るべきだと考えました。
説明の正しさより、先に安心の手ざわりを届ける。白百合ではそれがいちばん大事だと思ったからです。




この映像の役割は、納得ではなく「一歩」の入口をつくること
シリーズのタグラインは、「その一歩を、共に。」にしました。
私はこの言葉を、学校側の宣言としてだけではなく、視聴者に向けた誘いの言葉だと考えていました。
実際の効果について
CM・HP・ブランディングを連動させた結果、共学初年度の白百合は志願者増という確かな手応えにつながりました。説明を増やすのではなく、まず学校の空気に触れてもらう。その入口設計が、次の行動を生んだと考えています。
https://www.asahi.com/articles/ASV47320SV47UJUB001M.html?iref=pc_photo_gallery_breadcrumb
共学化は、学校にとっての一歩でもあります。
同時に、進学先を考える中学生や保護者にとっての一歩でもあります。
見学に行くこと。
資料を請求すること。
学校サイトを開くこと。
その小さな行動の手前で、気持ちを少しだけ動かす。
この映像は、そのための入口でありたかったのです。
だから、私は語り切りませんでした。
語り切らないことで、見る人の中に続きを生む。
答えを詰め込むより、「もう少し知りたい」を残す。
Web時代の学校広報に必要なのは、そういう余白の設計だと思っています。
この仕事で残したかったこと
僕は、創って終わる仕事をしたいわけではありません。
映像をきっかけに、その学校のことを少し気にかける人が増えること。
資料を取り寄せてみたくなること。
見学会に行ってみたくなること。
そして、やがてその学校を応援する人が増えていくこと。
今回の白百合の映像でも、つくりたかったのはその最初の火種でした。
共学化を、まだ始まっていない「あの日の日常」で惹きつける。
このタイトルは、今回の作品の説明であると同時に、
僕自身の映像観そのものでもあります。
人が動くのは、正しい説明を聞いたときだけではない。
まだ見ぬ未来を、なぜか自分の記憶のように感じたときに、人は一歩を踏み出す。
僕は、その一歩の少し手前にある映像を、
これからもつくっていきたいと思っています。
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この度、第57回 岩手広告賞 ウェブ広告の部にて2冠を受賞いたしました。
受賞作品の1つである「千厩高校」様のウェブ広告につきまして、制作背景を公開しております。
ぜひご一読ください。
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学校改革、採用、ブランディング。
変化の大きい局面を、説明だけで終わらせず、共感と行動へつなげたい方へ。
映像・Web・導線設計まで含めてご相談ください。
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参考・引用URL
中坪久人 note(創って終わりたくない、盛岡白百合学園のTVCMで大切にしたこと) https://note.com/hisaton/n/n2829560b97ca
中坪久人 note(behind the scenes #06 盛岡白百合学園中学高等学校) https://note.com/hisaton/n/n1b747b856ff5
盛岡白百合学園 共学サイト
https://mshirayuri.jp/
盛岡白百合学園中学高等学校 TVCM30秒|その一歩を、共に 篇
盛岡白百合学園中学高等学校 TVCM15秒|その一歩を、共に 篇